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セイレネス

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 星クジラと花クジラの交流は開拓期末期から始まる。やっとクジラの背を端まで歩けるようになった頃、二つの大陸が目視出来る距離に近づいたことがあったのだ。とは言え動く土地同士で意思疎通をすることは容易ではない。海に船を出しても記録に残っている大半は予想以上の長旅で食糧不足や精神疲労によって船員が衰弱したとされる。天候が荒れて船が壊れそのまま沈没したり、運が悪ければクジラに襲われてしまったらしい。海はクジラの住処であり、それは聖域と同意義でもあった。それはそれは恐ろしい場所だったのだ。すなわち人々や文化が行き来しやすくなったのは本当に技術が進歩してからのことになる。今はまだ、大陸毎の細かい情報というのはなかなか広まりづらい。 つまりどういうことなのか、碧光の森は立ち入り禁止の塀が建っていたことをアイトは知らなかった。立ち入り禁止と言っても森に入れないわけではなく、強い魔力が土地に影響している奥のほうへの進入を禁止されているのだ。ライチから警告がなかったあたりここ数日の話なのだろう。誰も悪くないが、出鼻を挫かれた気分である。 ルドベキアの住人が言うには、花クジラも例外なく襲撃を受けてはいるのだが碧光の森に被害が集中しているらしい。森自体は魔力で復活するので復興の手間はいらない。そうでなくとも人の手を加えることを住人はあまり好まない。しかし復活した森に以前と同じ道や目印がある可能性は限りなく低く、防衛本能が研ぎ澄まされて攻撃的になっていることだろう。そして森にいるときに襲撃の近くにいたならば、状況は悲惨なものになると容易に想像出来る。(森は繋がっているしここからじゃなくても奥には行ける、でも回り込んでドリアドまでとなると、予定以上に時間がかかるな) 青い木漏れ日を浴びながらアイトは考え込んでいた。塀は高く聳え、僅かに森の力を借りているのか弱い衝撃は跳ね返してしまう。多少魔法の心得はあるものの、塀を壊して突破するのは出来れば遠慮したい。それに、崩れれば大きな音を立ててしまいすぐに気付かれてしまうだろう。縄に掛けられるのだけは勘弁だ。造った権力者に交渉するしかないだろうか。苦手だ。アイトの眉間に皺が寄る。 しかしその時、目の前の塀に植物が芽吹き始めた。左端のほうだけだが、若い色をした蔦が精一杯に広がろうとしていた。一体なにが起こったのかと物陰に隠れ警戒しつつ蔦がやってきたほうに目を向ければ、少女が立っていた。緑の髪を飾る鮮やかな花と太陽に愛された黒い肌。フララーと呼ばれる、花クジラに住むハイエルフの種族だ。フララーは花の魔力を扱うことに最も長けていて、クジラとの繋がりも一番強いのではとも議論されている。あの少女が塀の木から苔や蔓を生やしある程度まで広げたのだとアイトは直感する。「うん、これで森に入れるね!あともうちょっとよ」 肩から提げている鞄の中に向かって少女は言葉をかけていた。恐らくあの中には森に住んでいた動物でもいるのだろう。どういう事情かは憶測するしかないが彼女は動物を保護して、そして自然に帰しに来たのだ。優しい少女は絡み合った植物に手をかけ、足をかけ、塀を登っていく。そして向こうに渡してあった蔦を使って降りるなり、森の奥へ消えていった。草を踏む足音が遠くなっていく。その場には蔓延った緑とアイトだけが残っている。少女はもう暫く戻ってくることは無いだろう。恐る恐る蔦の中心へ近づいた。蔓や苔が複雑に重なって、梯子のようになっている。強度も、アイトが上っても大丈夫そうだ。これは使ってもいいんじゃないか。素早く上りきり、アイトは森の奥へ入ることが出来た。 頭の隅で少女に感謝をしながら、再度森の奥を注意深く見つめる。深く湿っぽい、太陽の見えない鬱蒼とした区域。植物が魔力を蓄え自ら碧光を放つ、魔法の森。碧光の森。少し足を踏み入れてしまえばもう道は無かった、太い根が地面を守るように這っていて、とても歩き辛い。むせ返るような冷たい匂いに思わず息を吐き出してから、アイトは慎重に先に進んでいった。 憎悪。なんて忌々しい植物たち、大いなる花の力。その町の者は全員フララーを憎んでいる。のうのうと生きているのが妬ましい。こんなにも我々の生命を脅かしておいて、あれが勝者の権利だというのか。自身の半分は既に感覚が無かった、甘い香りが漂って嫌な気分だ。それでもこの体で大剣を振るわねばなるまい。意識を失うわけには行かないのだ。故郷のために。故郷で眠り、目覚めない恋人のために。その目が捉えたのは野うさぎに手を振ったばかりの少女だった。 身を震わせるほどの破壊音と甲高い悲鳴は存外アイトの近くで聞こえた。彼の脳裏に先程の少女が過ぎる。想像していた内の最悪の事態だ。同時に、予想外に最悪な事態だ。他人が巻き込まれているなんて。それでも構わずに仕事を遂行するほど彼は人嫌いでもなく、茂みを薙ぎ払いその場へ駆けつけた。襲撃の話を今一度思い出す、跡にはなにも無かったそうだと。突然穏やかな光が視界から失われる。 太陽ミラの日差しがひしゃげた木々を照らしていた。折れたばかりの幹に隠れるように少女が蹲っていた。硬い樹木についた傷を隠すように新芽が顔を出し、既に再生が始まろうとしていたものの、それを阻止するかのように風が強く吹いた。燃えるように暑い風だ。いくら花クジラとは言えこんな灼熱が森の中で自然発生するとは思えない。 これは魔法だ。アイトは、悪意のあるほうへ顔を向ける。黒い鎧を纏った騎士が立っていた。距離はまだ遠い。幸いこちらにはまだ気付いていない上に攻撃を受けた森が騎士を邪魔するように伸び始めた。隙を突いて少女の元に行けばいい、その後はこちらも目晦ましの魔法を使えば逃げれるかもしれない。騎士が破壊した範囲は広いが遠くに行くにつれて威力が弱まっているようだった。 迷っている暇はない、アイトは駆け出し息を潜めて動けないままの少女の傍へ行く。当然、見ず知らずの人間に声をかけられた少女は困惑を瞳に浮かべたが「走れるか」 そう、問いながら手を差し出せば、まっすぐにアイトを見つめしっかりと頷いた。少女が手を握り返したと同時にスティレットの四本目をベルトから抜いて素早く呪文を唱える。これは星の呪文の効果を高質にするための、儀式のための剣である。残る五本目、六本目、七本目も同じ用途だ。近距離の際に使わないことも無いがどちらかと言えば魔力を高める用途で使うことが多い。 さて、その呪文は、辺りに星雲を呼び込んだ。煌びやかな煙幕が黒い騎士を覆い隠しその視界を覆うことだろう。ついでに星の囁きが耳をくすぐり、子供なんかはすぐに眠たくなってしまう。そんな魔法だったのだが。「あ、あれ!"ラクテウス・オルビス"よね?!うわあ始めて見た、確か星の小さな魔素を風を使って広げさせてるのよね?!」「……」「催眠効果があるって教科書には書いてあったけど、あんな使い方も出来るのね!凄いわ!!」「……おい」「なにかしら!」「少し静かにしてくれ」「あ、そうね、追ってきたら困るものね」 少女は小さくごめんなさいと口にしたが、それでも一連の出来事に様々な思いを隠せずにいるようだった。握った手から興奮の熱が伝わってくる。教科書、と言っていたが、もしかして魔法学校の生徒なのだろうか?アイトは冷静を装いながら、どことなく困惑していた。自分の年齢などあやふやだったが、この少女……恐らく同い年だ。 自分のような生き方を知らない少女。魔法を知っていても実践を積んでいない少女。背中に感じる勘違いの尊敬の眼差しにアイトは眉をひそめていた。こういうのは慣れないものだ。 二人分の草を踏む音が段々大きくなってくる。轟音の反響ももう聞こえないし、虫のはためきや鳥のさえずりが耳に届く。突き刺さるような悪意ももう、感じない。難は逃れたとアイトは息を吐いた。「どうもありがとう」 唐突に少女が語りかけてきた。片方で繋いでいた手を両手で強く握り締めて、真摯にこちらを見つめている。「助けてくれたんでしょう?どうしてここに人がいるのかわからないけど……それはもうどうでもいいことよね」 お前の作った蔦を勝手に使わせてもらったんだけどな、と脳裏に過ぎる。ここで言うのは余計な気がして口をつぐむ。「それでね、冒険者さん?あなたがどこに行くのかわからないけれど、良ければ私を連れて行ってくれない?厚かましいとは思うけどここがどこなのかわからなくって帰れないし……またあの黒い騎士に出会うのは嫌だわ」「……フララーは植物の声が聞けると聞いたが、それで町には帰れないのか」「……碧光の森の植物は皆無口よ。襲撃のこともあって尚更心を閉ざしてしまってる、だから、その……」 少女は表情を曇らせて言葉を淀ませた。ここで一人置いていかれるのは死活問題なのだろう。自分ならそんなこと思いもしないとアイトは考えるが、この少女はそうもいかないのだ。羨望すらしたことのない、ごく普通の生活をして、平凡に暮らしてきたこの少女は。「傍にいてくれれば、俺は人一人くらい守れる」 芽を出した沈黙をそっと摘み取るようにアイトが少女に提案する。「護衛の仕事もしたことがあるからな。だが目の届くところにいなければ保障はしない」「あなたとっても頼もしいのね!」 少女は屈託無く笑うと姿勢をピンと正し、胸に手を当ててアイトにまっすぐ自身を向けた。「あたしチャロって言うの、よろしくね」「ああ、……俺はアイト、よろしく」 チャロと名乗った少女は何故だかとても嬉しそうで、頭に飾ったオレンジの花が喜びで香りを良くしている。薄手のワンピースなのが心配だなとアイトは思ったが、それでも重大なことにはならないだろう。すぐにスティレットの二本目"探索"を取り出し、目的地の名前を告げる。するとその細い切っ先は斜め後ろを指し示しゆっくり、浮遊しながら突き進んでいった。ドリアドはあちらのようだ。アイトはチャロに行くぞと指示すると、彼女は微笑んで頷いた。

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 星クジラ中部、商業都市バルジ。この町の技術者たちの腕が良いことが評判でフウェイルの経済は3割ここで回っている、らしい。職業を持っている以上関係が無いことでは無いが、人の行き交う大通りを少々苦い顔をして歩く青年には、どうにも遠い話に思えていた。 彼はマーチャー、いわゆる便利屋であり、実に様々な仕事を請け負って生計を立てている仕事ぶりは至って真面目。悪事には一切手を貸さないことが唯一の信条だろうか。コミュニケーションが苦手なのが自他共に認める苦悩ではあるが、そのお陰で私情を持ち込むことも無い。有能と堅実が見込まれて、加えて珍しい容姿で、"バルジのマーチャー"と言えば同職の者なら難なく彼を思い出すのだろう。群青色の瞳は左のほうだけ星を煌かせて明るかった。それから、稀に感情が昂ったときに散る火花。彼の生まれを、彼自身は知らない。知っている人を探そうと思ったこともない。つまるところ孤児院で幼少期を過ごした彼は両親の存在を知らないのだが、片方がどのような人種であったかはわかっている。彼には確かにスティエの血が特徴的に流れている。幸か、不幸か。「アイト」 その青年の名前を黒硝子の眼鏡をかけた男が呼ぶ。喧騒に消えるかもしれない程度の声量で呼ぶ。 ……馴染み深い男に呼ばれてここへやってきたのだったな。他人を避けながらそちらへ足を進める。十中八九、仕事の仲介をしにきたのだろう。そしてその仕事は現在フウェイル全土が抱えている問題に関わっているに違いなかった。どこもかしこも通り過ぎれば、口先で不安を唱えた人々がいた。 事の始まりは砂クジラの砂漠に集落を持つ少数民族が難民として保護されたことだとされている。難民は「黒い風が我々に災いをもたらした」などと不吉な伝承を語るばかりで、恐怖に囚われていたこともあって話しにならず、仕方なく集落の状態を確認しに行けば正に何も無かったと言う他のない状態だったという。 何も無かった。彼らが住んでいたという証は何もかも、砂漠の中に残骸が埋もれているばかりで完全に失せてしまっていた。さらに災厄は続く、小さな村や町が突如として襲撃されて、生活を維持できないほどに破壊されていく。時にはクジラが震え地鳴りが起きるほど深い傷を土地に残され、ついには大都市の一部を吹き飛ばされるといった事態に誰もが無視出来なくなった。各クジラの水源で政治を行う者たちはこの事件の解決を優先することを決め、復興に金と労力をつぎ込むことになったのである。最も、予測の出来ない敵の来襲と圧倒的な魔力に、ひたすら後手に回るしかないのが現状だったが。「それでも壊されたものは直していかないといけないし、恐ろしい目にあった人は救われないといけないしね」 黒硝子の下で慈愛に満ちた目が蝋で封された手紙をしばらく眺める。男の名前を、ライチと言った。芝居がかったような動作がいつ終わるのか知れたものではなかったのでアイトは手を差し出して、それを強請る。「本を正せば国絡みの依頼だ、ちょっとしたコネもあってさ、わざわざ仕事貰ってきたんだぜ」 ライチは情報や仲介に特化した商人だ。なにも、物を売って損得勘定するだけがビジネスではない。話を見極め人との縁を切り盛りするのも営みの一つだ。つまり彼は情報屋である。「復興のための移動手段として"転送装置"が採用されて、フウェイル全土に設置されることになったんだ」「ああ、あの円盤状の。工場が忙しそうだったのはそのせいか?」「たぶんそうじゃないかな。都市に一つずつとなれば大量に必要になってくるさ」 かさり、紙のこすれる音からインクの香りが立ち上がった。形式的な依頼文と報酬が一枚目、転送装置の説明と簡易な地図が二枚目、弟から兄への個人的な言伝が三枚目。「ライチ、これはお前にだ」「なんだ一緒に入れてたのか、悪かったな」 なるほどちょっとしたコネというのは弟のことか。アイトは理解すると僅かに目を細めた。ライチは家族からの手紙を汚さないようにしまい、さて、と仕事の話に向き直した。アイトも今紹介された仕事について考え込む。内容は簡単で、転送装置を然るべき場所に設置するというものだった。問題は場所が砂クジラであることだ。「……転送装置は、まだ砂クジラには無いんだよな」「バルジから設計図が届いたのが三ヶ月前。砂クジラで作り始めて、最近実用できるものが完成した」「それを向こうで受け取って指定箇所に設置か」「大陸予報じゃ花クジラと砂クジラがここ三日で接近するらしいぞ」 花クジラには転送装置があることをアイトは知っている。何故ならば数年前から転送装置の仮運転はバルジと花クジラ・ルドベキアで行われていたからだ。この世界は大陸が自由に移動する一匹のクジラであるがためにクジラ毎の繋がりが少ない。それでも星クジラと花クジラの都市は出来る限り交流を重ね親睦を深めて来たため、移動しやすくなる技術は喜ばれた。「正確に言えば、ドリアド王国から砂クジラが目視できることが確認されてる。そこから飛行船で行けるさ」 報酬を見る限り移動に必須だと思われる金を差し引いても余るほど、断る理由も見当たらない。大体コネと言っているくらいだから断れば流れて二度とお目にかかれないかもしれない。深く頷いて文字からライチに視線を移動させると、黒硝子で隠し切れない屈託の無い笑顔が商談成立を喜んでいた。最初、これがどうにも苦手だった。情報屋らしくなかったので、疑う証拠こそないが信じていいものかと思った。「とりあえずレイシに会いに行ってくれ、そしたら俺にも金が入って助かる」「わかってる」 相変わらず頼もしいな、じゃあよろしく。そう言って去る背中を人ごみに消えるまで見届けたりはしない。そんなことはしなくても良い。彼には彼のやるべきことがあって自分にも今、やるべきことがある。ライチが信頼出来る男だと今の自分なら確かに思える。彼は良い仕事仲間だと。 間借りしている部屋に一旦戻り、大抵起こり得る事態を見越してウェストバッグに道具を詰める。ドリアド王国に行くには碧光の森という場所を通らなければならない。魔力の影響が強い区域では危険も多いだろう。その先の砂クジラは更に過酷な環境だ。指定箇所は砂漠より南方ではあるが町からは離れている。アイトは暫し手持ちの武器を眺めてからマインゴーシュとワンドを忍ばせることにした。 フィンの小楯。ある英雄の伝説を模倣した受け流しのための短剣で、これと同じ用途の武器は一応持っているのがセオリーというものであった。ただ、戦力を売る者なら使い慣れているかもしれないが、アイト自身はあまり使ったことが無い。マインゴーシュを使うほど近距離で敵を対面することが戦法上少ないためだ。だからこれは、どうしても間合いを取れないときに使う。 ヘレナ・ルイゼット。かつて共に依頼をこなしていた変わり者の男が、まだ幼かった自分に与えたものだ。相当古いが仕舞い込んであるせいで状態は良かった。一見深い色をした石の杖であるが、魔力を込めると先端から火の玉が放射される。遺跡に眠っていた骨董品であり戦利品として頂戴してきたものだと男は言っていた。持って行こうと思ったのは……砂クジラが、彼と出会った場所だったからだろうか。親しい人間が少なくとも思い出は残るものだ。そういえばこのワンドは役に立っていた気がするし、お守り、として。深く考えるのは止めた。再会はあまり望んでいないが、まだ彼は伝説荒らしをしているのだろうか。 薬草を編みこんだ布と魔星石を漬けた雫、日持ちのする食料あたりは遠出の基本である。それらも当然の量を詰め込んだ。最初と最後に愛用の武器を確かめる。 七王国、今は亡き王達の領地から産出された素材で作られた七本のスティレット。鍛冶師が丹念に作りあげたそれはそれぞれに魔法が仕掛けられていて、主に使う三本目には"返還"が備わっている。過去に使っていたものが壊れたときにそこそこ大金を払い購入した品で、間違いなく上等な武器だ。 以上の商売道具を持ち、アイトは部屋を空ける。 バルジの町は訪れたときと変わらず人々が忙しなく歩いていて、声が大きくて、賑やかしい。自分と同じように仕事をしているほうが落ち着くような人間が多いのだ。だからこの町に身を置いた。 さて例の転送装置、職人の話ではバレナーラと言い、「クジラの翼」を意味しているのだと暇潰しに教えてもらった。バルジ北東の工業地帯から一番近い広場にそれは設置してある。成功品第一号だ。大きさは一人分の足が乗る程度で、重量を認識すると起動して半径2mに魔方陣を広げる。そして装置前面に浮かぶ魔方陣を操作し転送先を選択する。広がった魔方陣内の物は全て送られる仕組みだ。なので転送装置は周囲から隔離するように、更にここは人通りも多いため事故が起こらないようにドームも設けられている。中に入れば喧騒は壁一枚向こうに追いやられてしまう。利用を待つ人も、今の時間帯ではいないようだ。 アイトはドームの中に入る。何回か使ったことはあるが魔方陣なんて頭の良いものはこの先も器用に扱えそうにない。円盤に足をかければドーム内の地面に幾何学模様が浮かび上がりゆっくり、ゆっくりと時計回りする。目の前にはクジラを見上げたような図面が浮かび所々に印がついていた。これは転送装置が設置してある印だ。ルドベキアの碧光の森が一番近い場所。となれば、ここだろうか、差し込むように指で触れれば魔方陣がその姿を変える。クジラ模様は頭上へ、地面の紋様はアイトを中心に包み込み球状に、瞬く間に収縮していく。あと何秒もすれば花クジラに辿り着くことだろう。植物に囲まれた甘い空気の花クジラへ。